闘病中の方へ 日蓮大聖人の激励のお言葉
※原文ではひらがなのところ、わかりやすいように一部、漢字になおしてあります
病気と闘い、罪障消滅する信心
◇『経王殿御返事』
「此の漫荼羅(まんだら)、能(よ)く能く信じさせ給ふべし。南無妙法蓮華経は師子吼(ししく)の如し。いかなる病、障(さわ)りをなすべきや」 (御書六八五㌻)
〈大意・趣旨〉
「(病気になった今こそ)この御本尊のことをよくよく信じなさい。南無妙法蓮華経は百獣の王ライオンの鳴声のようなものです。(そうした力強い題目を唱える人の人生を)いかなる病気も、邪魔することはできません(ライオンが吠えれば、あらゆる動物が逃げていくように、必ず病魔も退散するでしょう)」
◇『妙心尼御前御返事』
「この病は仏の御はからひか。その故は、浄名経・涅槃経には病ある人、仏になるべきよし説かれて候。病によりて道心はおこり候」(御書九〇〇㌻)
〈大意・趣旨〉
「今のあなたの病気は、むしろ仏の御計(おんはか)らいと言えるのではないでしょうか。なぜなら、維摩経や涅槃経には、『病気と闘う人は、信心が強くなり、むしろ健康な人よりも、成仏する道が近くなる』と説かれているからです。つまり、人は、病気をすることによって、それまでの人生を反省し、真剣に信心に励むことができるようになるのです」
◇『妙心尼御前御返事』
「今生にはいたく法華経を御信用ありとは見候(そうら)はねども、過去の宿習(しゆくじゆう)の故、かの催しによりてこの長病に沈み、日々夜々に道心ひまなし。今生につくりをかせ給ひし小罪はすでに消へ候ひぬらん。謗法の大悪は又法華経に帰しぬる故に消へさせ給ふべし」 (御書九〇一㌻)
〈大意・趣旨〉
「これまで、法華経の信心(唱題と折伏)が、あまり熱心にできていなかったように見える人でも、過去の謗法罪障のゆえに長い闘病生活に入ったことで、日夜、絶え間なく信心ができるようになったのです。よって、今までの人生で作ってしまった小罪は、とっくに消し去ることができたでしょう。また、過去世から背負ってきた謗法の大悪も、真実の南無妙法蓮華経に帰依できたのですから、(これからの真剣な信心で)消滅できることは疑いありません」
◇『太田入道殿御返事』
「抑(そもそも)、貴辺は嫡々末流の一分に非ずと雖も、将又(はたまた)檀那所従なり。身は邪家に処して年久しく、心は邪師に染みて月重なる。設ひ大山は頽(くず)るるとも、設ひ大海は乾くとも、此の罪(つみ)消え難きか。然(しか)りと雖(いえど)も宿縁の催す所、又今生に慈悲の薫ずる所、存の外に貧道に値遇(ちぐう)して改悔(かいげ)を発起(ほつき)する故に、未来の苦を償(つぐな)ひ、現在に軽瘡(きようそう)出現せるか」
(御書九一三㌻)
〈大意・趣旨〉
「もともとあなたは、邪宗の家に生まれ、その家を継ぐ身ではなかったものの、その家の家族だったのですから邪宗の信徒だったのです。その結果、あなたの命は、長年、邪義に染まることとなり、そのままいけば、たとえ大きな山を崩すことができたとしても、たとえ海が干上(ひあ)がるような、あり得ないことが起こったとしても、あなたの謗法罪障(ほうぼうざいしよう)が消滅することはなかったのです。ところが、いろいろな仏縁が重なり、仏様の慈悲が薫発したことにより、今世であなたは、思いがけず、人生の苦しみ(病気)を受けたことで、謗法罪の恐ろしさに目覚(めざ)め、反省する心が起こりました。つまり、謗法の罪障により、あなたの未来は、堕地獄が決まっていたものの、現世での南無妙法蓮華経の信心ができたお陰で、謗法罪の報いよりも、より軽い病気という苦悩が現われたのです。(目に見えなかった生命の悪い部分が、はっきりと見えるようになったのですから、今こそ、信心でその悪い命と向き合い、病気と戦って、すべての罪障を消滅することができる。むしろ、有り難いことではないでしょうか)」
◇『法華証明抄』
「此の者嫡子(ちやくし)となりて、人もすすめぬに心中より信じまいらせて、上下万人に、あるいは諫(いさ)め或は脅(おど)し候ひつるに、ついに捨つる心なくて候へば、すでに仏になるべしと見へ候へば、天魔・外道が病をつけて脅さんと心み候か。命は限りある事なり。少しも驚く事なかれ」 (御書一五九一㌻)
〈大意・趣意〉
「あなたはもともと、他人から折伏された訳ではなく、親の信心を受け継いで、御本尊様のことを心の底から信じられるようになった人です。しかも、あなたは、周りの人々から、『信心などやめてしまいなさい』と説得されたり、脅かされたりしても、ぜったいに御本尊様を捨てる心が生じません。つまり、あなたは(そうした強い信心があるから)必ず成仏することが決まっているのです。そこで、それを妬む天魔や外道といった悪い存在が、最後の手段として、あなたを病気にさせて、信心を邪魔しようとしているのです。所詮、誰でも、いつかは死ななければなりません。ならば、今、たとえ病気になったとしても、少しも驚いたり、怯(おび)えたりせず、(我が尊い命、尊い寿命を御本尊様にお預けして、さらに信心を貫かれなさい)」