生長の家(せいちょうのいえ)    成立・教義と疑問

 

 生長の家は、谷口雅春の「真理の書かれている言葉を読めば病気が治る」等の主張に基づき、膨大な書籍を発行して会員に購読させる出版宗教です。また谷口雅春の思想には宗教・哲学・心霊学・精神分析学などの理論が取り込まれている(いいとこ取り)ことから生長の家は「宗教のデパート」と呼ばれています。

 

◇沿革・歴史
 谷口雅春は皇道大本(おおもと)(現在の大本教)が発行する雑誌に心を引かれ、大正7年に皇道大本に入信しました。翌年には皇道大本の本部がある綾部に移り、教団機関誌の編集員となっています。
 しかし、大正11年10月、谷口雅春は皇道大本の教えに疑問を持ち、同教団を脱会しました。
 数年後、宗教思想家ホルムス著『心の創造活動の法則』中の「幸・不幸は自分の心が将来する」との言葉に接し、“不幸の存在を意識の圏外に追い出すことが幸福になる道”との「心の法則」を見い出したといいます。
 さらに昭和4年12月、谷口雅春は『般若心経』の「色即是空」の言葉を思念しているとき、どこからともなく「物質はない」「心もない」「実相がある」との声が聞こえてきたといいます。そのとき谷口は、
 「三界はただ心の所現であるが、その心自体も一切空無である。唯一、真理である実相 とは、久遠不滅の大生命である神(=仏)であり、それは自分自身である」
との悟りに達したといいます。
 翌昭和5年3月1日、自らが悟ったとする内容を発表するため、谷口は月刊誌『生長の家』を創刊しました。教団ではこの雑誌の創刊日を立教の日としています。
 その後、同誌に「購読したら病気が治った」などの体験談が掲載すると購読者が増えました。谷口は同誌に「万教帰一の神示」などの自らの思想の核となる説を相次いで掲載していきました。
 昭和9年、上京した谷口雅春は「光明思想普及会」を設立し、翌年には本部を東京・赤坂に設置。昭和11年1月からは「教化団体 生長の家」を設立し、それが昭和15年には宗教結社「教化団体 生長の家」となりました。

 太平洋戦争中、谷口雅春は「天皇中心の国家社会の実現こそ神の意志である」と主張し、軍部による領土拡大を正当化して、軍部に積極的に協力しました。この思想は終戦を迎えても変ることなく、谷口雅春は「終戦後の神示」「日本実相顕現の神示」などを発表し、その中で帝国憲法への復帰や天皇の国家元首化、日の丸の掲揚、靖国神社の国家護持を提唱しています。
(こうした宗教思想は現在でも、一部の極端な保守系政党の議員に受け継がれているといいます)
 昭和23年、谷口雅春は戦争犯罪者とみなされ、GHQの命令により公職から追放されました。これにより雅春は教主を辞任し、第二代として娘婿である谷口清超が就任しました。
 昭和27年に宗教法人「生長の家教団」が設立され、同32年には「生長の家」と改称。谷口雅春が返り咲いて「総裁」に就任し、清超は「副総裁」となりました。昭和35年に京都府宇治市に別格本山として宝蔵神社を建築し、昭和39年に教団は『生長の家政治連合』を結成して政界への進出をはかりました。
 昭和50年、谷口雅春は長崎に移住し、同53年に長崎県西彼町に生長の家の総本山として「龍宮住吉本宮」を建設しました。教団では長崎の総本山を祭祀の中心地とし、東京本部は宗務および出版・事務の中心地としています。
 昭和60年6月17日、雅春が死亡し、後継総裁には谷口清超が就任しました。

 生長の家から分派した教団には、昭和29年に五井昌久が創立した「白光(びゃっこう)真宏(しんこう)会」があります。


◇教えの概要
 生長の家では、「大宇宙の本体者の応現、または化現である生長の家大神」を本尊とします。実際には総本山には住吉大神を祭り、その神体とし「両刃の剣」を安置しています。道場や集会所には「生長の実相」「実相」等と書かれた額や掛け軸が掲げられ、会員には「実相とは唯一の真理を意味し、あらゆる宗教の本尊の奥にあるもの」と教えて、各家の先祖伝来の神棚や仏壇は、そのままの姿で守っていくことを推奨しています。

 生長の家では教祖の教えを「唯心実相哲学」と呼び、それを「タテの真理」と「ヨコの真理」の二つに大別しています。
 「タテの真理」とは、すべての人間が神の子である、ということです。人間は本来、神であって、如来の最高の自己顕現であり、無限の生命・智恵・愛等のすべての善徳に満ちた久遠不滅の存在であり、これが人間の真実の相であると教えます。
 「ヨコの真理」とは心の法則ということで、現実世界はただ、心の現すところ(唯心所現)の世界であり、心によって自由自在に貧・富・健康・幸福など、何でも現わすことができるといいます。たとえば病気にかかっても「人間本来病気なし。病気は心のかげ」との真理を知り、実相の完全さを信ずるならば、すべての病気は消えて完全な至福の世界が顕現すると主張し、その原理を「心の法則」と称するとします。
 また、「万教帰一」を説き、すべての宗教は唯一の大宇宙(神)から発したものであり、さまざまな宗教や真理は、あくまで時代性・地域性に照らして説かれたものであって、本来は一つであると断定しています。

 「生長の家」の修行の目的は、谷口雅春が説いた神想観である
 「物質はない、肉体はない、人間は神のいのちそのものであり、神の子である」
との人間の本質(実相)を実感するためのものとされています。

 

 

◇「生長の家」の教義・信仰に、大いに疑問を抱く理由(わけ)
 ▼谷口雅春は
「神は宮の中にはおらぬ」(生長の家とは如何なるものか 15ページ)
と主張しながら、実際には、総本山龍宮住吉本宮という「宮の中」に「住吉大神」を祀り、崇めているというのは、自語相違ではないでしょうか?

 

 ▼生長の家では、
「人間は心に思うことにより、自由自在に貧・富・健康・幸福等、なんでも現わすことができる」
という唯心所現との教えを説きます。しかしこれは、色心二法という生命の実相からかけ離れ、心のみに焦点を当てて現象を理解させようという偏った思想であり、それを信ずるならば、激しい思い込みや妄想の世界を生じさせたり、精神異常を起こしかねません。
 たとえば、イジメなどを受けて悩み苦しむ人に対して、「あなたの心の持ちようによって、イジメも快く感ずることができる」などと励ませば、かえってその言葉が本人を追いつめ、「イジメが快く感じられないのは、仮の姿である肉体に痛みを生ずるからだ」として、色心二法のうちの色法である身体を傷つける行為(自傷行為や自殺)に追い込む危険性があります。

 

 ▼医学者である中村古峡(こきょう)氏は著書の中で、
「ある有力な新聞の一訪問記者が、(生長の家の教祖である)谷口雅春にぶつかって、『果たして、君の本さえ読めば、君が大袈裟に吹聴(ふいちょう)してゐる如く、病気が実際になほるのかい』と問うたところ、彼は頭を掻(か)きながら『いや、あれは単に本を売り出すための方便に過ぎない。本を多く売る為には、先(ま)づ多くの人々を集めねばならぬ。多くの人々を集める為には、何等(なんら)かの方便を用(もちい)なければならぬ』と答へたさうな」(迷信に陥るまで 183ページ)
と記しています。
 要するに、生長の家は本来、宗教による民衆救済という目的とはかけ離れた、書籍の出版を目的とする商売団体に過ぎないといわなければなりません。

 

 ▼生長の家では、「万教帰一」を主張し、「実相とは唯一の真理を意味し、あらゆる宗教の本尊の奥にある」とします。しかし、各教団や宗教にはさまざまな教えが説かれており、なかには、「オウム真理教」などのような自己中心的で突拍子も無いような教義を展開する教団もあるわけです。
 それら全ての宗教の教義を一つひとつ検討し、吟味することをしないで、安易に
 「どんな宗教でもかまないが、その宗教が本尊とする一番根本のところを解明し、教えるのが生長の家の教義である」
などと自分勝手に主張することは、独断であり人々を誑惑(おうわく)するものといえるのではないでしょうか?。

 

※上記文章は「諸宗破折ガイド」(大石寺発行)を基に筆者がまとめたものです。

 

 

毎月の行事

 

  ● 先祖供養 お経日  

      14:00/19:00

※日程変更あり・要確認

 

第 1    日曜日 

  ● 広布唱題会      

      9:00

 

第 2    日曜日 

    ● 御報恩 お講  

            14:00

 

お講前日の土曜日  

     ●お逮夜 お講   

            19:00

http://www.myotsuuji.info