新型コロナウイルス感染症の世界的大流行、根本的解決方法とは?

 

 

 

 御法主日如上人お言葉   (令和2年3月1日 総本山客殿)

 

 日本乃至世界に蔓延(まんえん)しつつある新型コロナウイルス感染症の流行で騒然としている時、私どもは今こそ、改めて『立正安国論』の御聖意を拝し、一致団結・異体同心して、妙法広布へ挺身(ていしん)していかなければならないと思います。

 

 そもそも『立正安国論』は、今を去る760年前、文応元年(1260)年7月16日、宗祖日蓮大聖人御年39歳の時、宿屋左衛門入道を介して時の最高権力者・北条時頼に提出された、国主への諫暁(かんぎょう)書であります。
 すなわち『立正安国論』は、大聖人が日本国の上下万民が打ち続く天変地夭(ちよう)・飢饉(ききん)・疫癘(えきれい)‐疫癘とは、悪性の流行病のことで、今日の新型コロナウイルス感染症の如きものを言い、これらの疾疫(しつえき)によって重苦に責められ、塗炭(とたん)の苦しみに喘(あえ)いでいる悲惨なる状況を深く憂(うれ)えられ、この惨状(さんじょう)を救わんとして、末法の御本仏としての大慈大悲をもって、北条時頼ならびに万民をお諫(いさ)めあそばされたところの折伏諫暁書であり、国家の興亡治乱を透視し、兼知し給う明鏡(めいきょう)にして、過去・現在・未来の三世を照らして曇りなく、まさしく
 「白楽天が楽府(がふ)にも越へ、仏の未来記にもをとら」(御書 1055)
ざる書であります。

 

 そのなかで、大聖人はたび重なる災難を防ぎ、仏国土を建設するためには
 「汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ。然(しか)れば則ち三界は皆仏国なり」(御書 250)
と仰せられて、一刻も早く謗法の念慮を断ち、「実乗の一善」に帰することが、国を安んずるためには最も大事であると仰せられているのであります。
 「実乗の一善」とは、大聖人の元意(がんい)は文上の法華経ではなく、法華経本門寿量品文底独一本門の妙法蓮華経にして、三大秘法の随一、本門の本尊のことであります。すなわち「実乗の一善に帰せよ」とは「立正」と同意でありまして、万民一同が謗法の念慮を断ち、三大秘法の大御本尊に帰依することが、国土を安んずる絶対不可欠な要件であることを示されているのであります。
 されば、大聖人は『諸経と法華経と難易の事』に
 「仏法やうやく顛倒(てんどう)しければ世間も又濁乱(じょくらん)なり。仏法は体のごとし、世間はかげのごとし。体曲がれば影なゝめなり」(御書 1469)
と仰せであります。
 すなわち、この御金言の通り、天変地夭を含め、世の中が混乱する原因は一にかかって仏法の乱れ、つまり正法を信ぜず、悪法を信じているが故であります。よって、悪法を信ずれば人心が乱れ、人心が乱れれば国土世間にまで大きな影響を及ぼすことになるのであります。

 

 故に大聖人は『瑞相御書』に
 「夫(それ)十方は依報(えほう)なり、衆生は正報(しょうほう)なり。依報は影のごとし。正報は体のごとし」(御書 918)
と仰せであります。
 すなわち仏法においては、依正(えしょう)不二(ふに)の原理が説かれ、主体たる正報とその依りどころたる依報とが一体不二の関係にあることを明かされているのであります。よって、正報たる我ら衆生のあらゆる用(はたら)きが、そのまま依報たる国土世間へ大きく影響を及ぼすのであります。『瑞相御書』には
 「人の眼耳等驚(きょう)そうすれば天変あり。人の心をうごかせば地動す」(御書919)
と仰せられ、また
 「人の悦(よろこ)び多々なれば、天に吉瑞をあらはし、地に帝釈(たいしゃく)の動あり。人の悪心盛んなれば、天に凶変、地に凶夭(きょうよう)出来(しゅったい)す」(御書920)
と仰せられているのであります。
 この依正不二の原理は、透徹(とうてつ)された仏様の智慧であり、三世十方、すなわち無間の時間と空間を通覧せられて明かされた御本仏の知見であります。したがって、妙法に照らして示されたこの依正不二の大原則を無視して、今日の如き混迷を極める惨状を救い、真の解決を図ることはできないのであります。
 すなわち『立正安国論』の正意に照らせば、正報たる我ら衆生が一切の謗法を捨てて、実乗の一善たる三大秘法の随一、本門の本尊に帰依すれば、その不可思議広大無辺なる妙法の力用(りきゆう)によって、我ら一人ひとりの生命が浄化され、それが個から全体へ、衆生世間に及び、社会を浄化し、やがて依報たる国土世間をも変革し、仏国土と化していくのであります。
 反対に、我ら衆生の生命が悪法によって濁れば、その濁りが国中に充満し、依報たる国土の上に様々な変化を現じ、天変地夭となって現われるのであります。これが『立正安国論』に示された原理であり、この原理を体して、真の世界平和と仏国土実現のめ、挺身(ていしん)しおていくのが我ら本宗僧俗の大事な使命であります。ここに今日、我々が法華講員八十万人体勢構築の達成へ向けて、全力を傾注していかなければならない大事な意義が存しているのであります。

 

 『立正安国論』の末文には
 「唯(ただ)我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誡(いまし)めんのみ」(御書250)
と仰せであります。
 宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の大佳節まで、いよいよあと一年。私ども一人ひとりがこの御金言を胸に、混迷を極める末法濁悪の世の中を浄化し、一人ひとりの幸せはもとより、全人類の幸せと真の仏国土実現を目指して、謗法を破折し、折伏を行じていくことが、今、なすべき最も大切なことであることを心肝に染め、誓願達成へ向けて、さらなる大前進をされますよう心からお祈りするものであります。

 

※ 大白法(令和2年3月16日号 2面より抜粋  表題は編者がつけさせていただきました)

 

三災の元凶は、謗法と、人々に巣くう三毒にあり    『曾谷殿御返事』より

 

 仏法う(失)せしかば王法すでにつ(尽)き畢んぬ。あま(剰)さへ禅宗と申す大邪法、念仏宗と申す小邪法、真言と申す大悪法、此の悪宗はな(鼻)をならべて一国にさかんなり。天照太神はたましいをうしなって、うぢこ(氏子)をま(守)ぼらず、八幡大菩薩は威力よはくして国を守護せず、けっく(結句)は他国の物とならむとす。

 日蓮此のよし(由)を見るゆへに「仏法中怨、倶堕地獄」等のせめ(責)をおそれて、粗国主にしめせども、かれらが邪義にたぼらかされて信じ給ふ事なし。還って大怨敵となり給ひぬ。法華経をうしなふ人国中に充満せりと申せども、人しる事なければ、たゞぐち(愚癡)のとが(失)ばかりにて有りしが、今は又法華経の行者出来せり。日本国の人々癡かの上にいかり(瞋)ををこす。邪法をあい(愛)し、正法をにくむ、三毒がうじゃう(強盛)なり。日本国いかでか安穏なるべき。

 壊劫の時は大の三災をこる、いはゆる火災・水災・風災なり。又減劫の時は小の三災をこる。ゆはゆる(所謂)飢渇・疫病・合戦なり。飢渇は大貪よりをこり、やくびゃう(疫病)はぐち(愚癡)よりをこり、合戦は瞋恚よりをこる。今日本国の人々四十九億九万四千八百二十八人の男女、人々ことなれども同じく一つの三毒なり。所謂南無妙法蓮華経を境としてを(起)これる三毒なれば、人ごとに釈迦・多宝・十方の諸仏を一時にの(罵)り、せ(責)め、流し、うし(失)なうなり。是即ち小の三災の序(ついで)なり。

                              (平成新編御書 1385)

毎月の行事

 

  ● 先祖供養 お経日  

      14:00/19:00

※日程変更あり・要確認

 

第 1    日曜日 

  ● 広布唱題会      

      9:00

 

第 2    日曜日 

    ● 御報恩 お講  

            14:00

 

お講前日の土曜日  

     ●お逮夜 お講   

            19:00

http://www.myotsuuji.info