唯授一人の血脈相承に基づく、信心の大事

                               日顕上人ご指南

 

 法華経が難信(なんしん)難解(なんげ)の教法であるということは経文のなかにも説かれておりますが、大聖人の御法は更にその一番根本の、久遠のところの法をもって末法一切衆生の即身成仏の大法としてお示しあそばされた次第でございますので、いわゆる凡眼(ぼんがん)・凡智をもってしてはまことに難信難解であるとせられるのであります。しかし、難信難解ではありますが、そこに何らの疑う心のない素直な気持ちで、この法門を聞くならば、そしてこれを素直に信ずるならば、その当体即、妙を成じて即身成仏の大功徳を直(ただ)ちに受け、その功徳の結果が未来永劫(えいごう)にわたって開いていくのであります。

 しかしながら、もしそこに色々の疑いを生ずることになれば、その正しい方を、かえって誤りの方と考えてしまう、これを誹毀讒謗(ひきざんぼう)するに至るのでありまして、今日もそのような姿が多くあるのであります。

 現在、日蓮正宗以外にも大聖人の高弟、末弟の人達によって伝えられた様々の日蓮宗系の宗旨がありますが、それらの人々は、“大聖人の御法はすべて大聖人の御書に示されてあるのであり、したがって特別に、唯授一人という、日興上人へ大聖人から相伝をされるというこようなことは絶対にあるはずがない”ということを昔から盛んに申しまして、その日興上人への唯授一人の相伝は全くの、日蓮正宗の我田引水の作り話だというようなことを言っておるのでありますが、このところが実は、一番根本的な“元品(がんぽん)の無明(むみょう)”(生命の一番根源にある迷い・煩悩…編者註)であります。この誤り、いわゆる元品の無明が時とすると日蓮正宗のなかの僧侶や信徒にまでいつのまにか入り、そして正法を誹毀讒謗(ひきざんぼう)するという姿がありますが、その一番の根本は唯授一人の相伝を信じられないところにあるのであります。

 

 これを考えてみますと、たしかに一往は道理のようにも聞こえます。大聖人には大勢のお弟子もおられ、また六老僧というような代表の方々がおられたにもかかわらず、なぜ日興上人お一人に相伝をされる必要があったのか、ということも一往はいえるからであります。

 しかし、彼等(身延派など、日興上人の正統な流れから離れた人…編者註)の言うところの御書を拝しても、その御書のなかには従浅至深(浅い法門から深い法門などが、ちりばめられている…編者註)の法門が次第に織り込まれておりますから、その御書の本当の御精神をはっきりと知り、その謂(いわ)れを知って御書を拝するときに初めて、御書に示される次第や法門の段階を明らかに拝することができるわけであります。ところが、その根本を知らないで、一つひとつの文を拝するならば、かえってそこに執(とら)われてしまい、全体の根本を忘れて部分に執われてしまうのでありまして、それが今日、少しばかり御書を読んで、“自分はすべて知っておる”と偉そうなことを言いながら、しかもその大聖人の御法を汚し、背いておる姿となって現われておるのであります。

 

 では、そこにおいて、なぜ日興上人お一人に御相伝があったかと申しますならば、大聖人の御法門が実に難信難解であるが故に、その一代(大聖人のご一生…編者註)の御施化のなかではまだ、お弟子方でさえも大聖人の御境界と一体となるところに到達できなかったために、いかに法門を聞いても、それを正しく信解(しんげ)することができなかったのであります。ですから大聖人は、なにも強いて日興上人お一人を選ばれたのではなく、自然の姿のなかで、末法万年の仏法流布の因縁のうえにおいて、結局、日興上人お一方以外には真の御本懐(ほんがい)の御法門、御境界をお伝えすることのできる弟子がいなかったということでありまして、自然の姿のなかで真の三大秘法(本門の本尊・本門の戒壇・本門の題目…編者註)の正しい法門の領解(りょうげ)が大聖人から日興上人へ伝えられ、これを御相伝書において「血脈の次第 日蓮日興」とお示し遊ばされておるのでございます。

 そして、この形において末法万年に必ず正法を伝えられていかなければならないというところの意義が確立をされまして、そこに我が日蓮正宗七百年の信心の根本が存する次第であります。

 

 最近におきまして、宗門の内外において正法の興隆を嫉(ねた)み妬(そね)んでおる者どもが、いわゆる悪鬼が其の身に入って様々に悪口(あっく)・雑言(ぞうごん)を吐き散らしておりますが、我々正しい日蓮正宗の僧俗はそういう姿を、必然的に末法に興起するところの“悪鬼入其身”の魔の姿としてこれを見抜いて、ますます信心を強く行ずるならば、必ず一人ひとりの命のなかに本仏大聖人の、仏様の功徳が宿り給うのであります。

                        (大日蓮 昭和57年6月号65㌻)

 

毎月の行事

 

  ● 先祖供養 お経日  

      14:00/19:00

※日程変更あり・要確認

 

第 1    日曜日 

  ● 広布唱題会      

      9:00

 

第 2    日曜日 

    ● 御報恩 お講  

            14:00

 

お講前日の土曜日  

     ●お逮夜 お講   

            19:00

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