境智冥合の功徳 受持即観心 本門の題目

 

 『四条金吾殿御返事』に

「受くるはやすく、持つはかたし。さる間成仏は持つにあり(略)天台大師の云はく『信力の故に受け念力の故に持つ』云々」(御書775)

と受持即成仏の肝要を示された。故に末法の修行は五種の中の受持を要行とし、この中に他の四種の義を属せしめるのである。この受持の一行こそ本門の題目である。

 それは「南無妙法蓮華経 日蓮」と顕わされた人法一箇の本尊に対する信と行による。すなわち、この本尊のほかに仏になる道、生命の自在と至福を得る道はないと強く信ずることが唱題の始めであり、これが信の題目である。また南無妙法蓮華経と唱えることは信心の終わりであり、これが行の題目である。この始終はそのまま我々の一念に具わる因と果である。

 心に「南無妙法蓮華経 日蓮」の当体、すなわち仏道の根源、即極無上の本尊と信じ奉るとき、この本尊の仏智は直ちに我々に応じ、我等の心に浸透し染められるのである。これは本尊における仏界の智が、我等九界の境と冥合し、仏界即九界の本因妙を現ずる意である。またこの本尊に対して妙法を唱え奉るとき、おのずから我が身が本尊に合致し、その無限の広徳に浸透し染められる。これは我等在迷九界の智が、直ちに本尊即仏界の境中に冥合し、九界即仏界の本果妙を成ずる意である。

 ここに境智冥合して、真実の十界互具・百界千如・一念三千、事行の南無妙法蓮華経、当体蓮華の究竟を得るのであるが、この信と行、因と果は、まったく一念倶時であり刹那の成道である。即身成仏の要諦はここに存する。

 この境智冥合による我々凡夫の迷妄の色心当体における仏界涌現について、ありがたくも一に人即法の本尊の涌現、二に法即人の本尊の涌現、三に人法体一の本尊の涌現の三義が拝信されるのである。

 すなわち我々末代の凡愚は、妙法を信じ行ずる力用により、その心地がまったく本尊の南無妙法蓮華経と現われ、法界の妙理を滞りなく受け用いる九識心王不思議自在の功徳を成就する。これは人即法の本尊の涌現である。また我々貪・瞋・癡の三毒強盛の衆生が妙法を信じ行ずる力用により、その色法がまったく日蓮大聖人と現われ、大慈大悲のもとに当体蓮華仏の功徳を受ける。これは法即人の本尊の涌現である。更に我々煩悩・業・苦の三道に沈淪する衆生が妙法を信行する力用により、その当体がまったく下種本仏の施化の究竟たる本門戒壇の大本尊と顕われ、現当二世にわたる常恒不変の成仏得道の利益をこうむる。これは人法体一の本尊の涌現である。

 要するに、仏界涌現とは通途の九界に対する仏界ではなく、南無妙法蓮華経即日蓮大聖人の当体たる本門の本尊が、我々の信行の功徳により涌現するのである。故に本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱えるとき、いかなる凡夫も

 「煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じて、三観・三諦即一心に顕はれ、其の人所住の処は常寂光土なり」(当体義抄 御書694)

と仰せられた大利益を得るのである。     (日蓮正宗要義 同書124 より)

 

毎月の行事

 

  ● 先祖供養 お経日  

      14:00/19:00

※日程変更あり・要確認

 

第 1    日曜日 

  ● 広布唱題会      

      9:00

 

第 2    日曜日 

    ● 御報恩 お講  

            14:00

 

お講前日の土曜日  

     ●お逮夜 お講   

            19:00

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