妙通寺信徒の声   名古屋市中川区在住  出口 明

私の発心(ほっしん)  ①

私は昭和9年3月、播州赤穂市北端の農家の五男として生まれました。
 昭和21年、敗戦の翌年、小学校卒業と同時に縁あって名古屋の遠縁に当たる家へ、子供として迎え入れられました。当時は食料もすべて配給制で、けっして安 楽な生活ではありませんでしたが、隣の本屋さんに下宿していた名大生が私の家庭教師となり、夜の6時からの学習で、かなりの知識を身につけることができま した。特に、夜空を眺めて煌(きら)めく星座や宇宙の広大な話は、傘寿を迎えた現在も、私の心に深く残っております。

  昭和33年の春ごろ、知り合いの創価学会員より日蓮正宗の信心の話を聞き、なんの抵抗もなく入信しました。その後、日蓮正宗創価学会の青年部員として真剣に活動し、かの伊勢湾台風の折には夜を徹して救助活動にボランティアで参加しました。


  年は過ぎて昭和38年、創価学会の活動に不信感をもった私は、創価学会の役職を投げ捨て、決然と創価学会を脱会しました。

 その後は、御本尊を大事に持ちながらも、長きにわたり信心から遠のいておりました。
 唱題さえ怠(おこた)っていた現証(げんしょう)が歴然と現れたのは平成に入ってからです。
 喉が詰まるという症状に悩まされ、その苦痛には耐えがたいものがありました。

そんな時、不思議にも日蓮正宗の寺院「妙通寺」のことを思い出したのです。すでに、創価学会の組織からは離れていたものの、「妙通寺というお寺が岩塚にある」ことは耳にしていたからです。
 さらに不思議なことは重なるもので、時を同じくして、妙通寺に所属している婦人と出会うことができました。私は、「今こそ、正しい信心を行なう時だ」と機の熟したことを確信し、平成10年10月、妙通寺に参詣しました。
 ご住職より勧戒式(かんかいしき)をいただき、心あらたに日蓮正宗の信徒として再出発しました。現在、御本尊に対し奉って、大確信をもって信心させていただいております。

  日蓮大聖人様は、「諸経は無得道・堕地獄の根源」と御指南あそばされています。私ども日蓮正宗の信徒は日々に、末法唯一(ゆいいつ)の正法である南無妙法蓮華経の信行に励み、それぞれが多大な善根を重ね、すばらしい功徳をいただいております。

  願わくは、ひとりでも多くの方が、私たちとともに信心していただけるよう、そして、ともに総本山大石寺へと登山いただけるよう祈り、また私自身も力ある限り、多くの法友(法華講員)の輩出のため、ますます自行化他に精進することを御本尊様にお誓い申し上げます。

毎月の行事

 

  ● 先祖供養 お経日  

      14:00/19:00

※日程変更あり・要確認

 

第 1    日曜日 

  ● 広布唱題会      

      9:00

 

第 2    日曜日 

    ● 御報恩 お講  

            14:00

 

お講前日の土曜日  

     ●お逮夜 お講   

            19:00

http://www.myotsuuji.info