白光真宏会(びゃっこうしんこうかい)       成立・教義と疑問

 

 民家の外壁や塀に「世界人類が平和でありますように」と書いたステッカーを目にすることがあります。あの普及運動をしているのが白光真宏会です。
 この会は昭和29年、生長の家を脱会した五井昌久によって創設されました。

 

◇沿革・歴史
 昭和20年、29歳のとき腎臓を患った五井昌久は会社の同僚から「世界救世教」の教祖・岡田茂吉が著した『明日への医術』を読むことを勧められ、そのなかで毒素排泄による治療方法を知りました。さらにその同僚の母からは「手かざし」による“霊線治療”を受けています。
 終戦を機に会社を退社した五井は、世界救世教・岡田茂吉の弟子から霊線療法を施す講習を受け、これを習得して自らも人々に無償で治療をおこないました。同じ頃、生長の家の教祖・谷口雅春が書いた『生命の実相』を読み、生長の家の信仰にも興味をもったといいます。
 間もなく「生長の家」の本部を訪問した五井は、谷口雅春の「人間神の子…人間の本来性には悪もなく病苦もないのだ」という言葉に感動し、直ちに生長の家に入会。以後、東京都葛飾に信徒会を結成して副会長に就任し、熱狂的に布教に励みました。
 しかし、生長の家で説く教義だけでは現実問題を解決できないと直感した五井は、超人的な力を求めて昭和23年、神霊研究団体である「千鳥会」にも入会し、同会の交霊会に参加しました。この交霊会によって五井は、神界・霊界の存在と高級霊の存在を確信し、自分に取り憑いて霊と度々交霊を行なうようになったそうです。そしてある夜、死んだ友人と戦死した弟の文字や絵が、五井の手を通じて書き出されるという“自動書記現象”が現われたといいます。以後その現象が続き、ついに五井は自分に取り憑いた霊によって、自分の意志で文字を書くことができなくなり、勤務していた中央労働学園出版部の編集員を退職することになりました。

 

 昭和24年、五井昌久が瞑想していると、自分の身体が上昇して霊界を突き抜け、神界にいる自分と合体する「神我一体観」を体験したといいます。また翌朝、五井の瞑想の中にインドの釈尊が現われて金色の珠と榊のような葉っぱを5枚授け、次にイエス・キリストが現われて五井昌久の体に突入して消え、そのとき「汝はキリストと同体なり」との声を聞きました。このとき五井はすべてを知り得る霊覚者になったと自ら語っています。これを機に五井は、葛飾区亀有の自宅を訪ねてくる人に、人生相談や病気治療を行なうなどして独自の宗教活動に専念しました。
 昭和30年2月、教団名を「白光真宏会」として五井が会長に就任し、宗教法人格を取得しました。昭和39年からは布教活動の一環として「世界人類が平和でありますように」との標語を書いたステッカーを貼る運動をはじめました。
 昭和55年8月、五井昌久は死亡し、後継者として養女・西園寺昌美が第二代会長に就任しました。昌美は、旧名を「尚(しょう)悦子」といい、昭和33年に母とともに白光真宏会に入会した女性で、のちに五井の養女となり改名しています。
 昭和55年、白光真宏会は静岡県富士宮市に富士道場を開設し、平成11年には本部も千葉県市川市から富士宮市の富士道場へと移しています。


◇教えの概要
 教団では宇宙神と個々の守護霊・守護神を崇めるべきと教えます。宇宙神について五井昌久は「宇宙に遍満する生命の原理」「創造の原理・法則」であり、「宇宙根源の大光明」と説明しました。また守護霊とは祖先のなかでも悟りを開いた霊とし、守護神とは生まれる前から自分に付いて守る神と教えています。
 五井昌久自身の守護神は「夜明観世音」だそうです。この青銅でできた観音像は、五井昌久が世界救世教の治療方式の講習を受けた岡田茂吉の弟子からもらったものでした。昌久は生前、この青銅像を本尊として祀っていたといいます。
 教団の道場では、昌久の直筆で「白光」と書かれた額を中心とし、左右に創始者である昌久の写真と、「信者が昌久を撮影すると移ったのが円光だった」との言われを持つという二つの写真が掲げられます。

 五井昌久は、人間とは生命の原理・原則の理体である宇宙神の分霊であり、本来、神としての存在である。しかし肉体界(人間界)に誕生した時、すでに宇宙神との差が生じており、この差が業そのものであるとします。したがって肉体界にある人間では、その業を突き破って宇宙神の光明と合致することはできず、そこで宇宙神は自己の光明を分けた守護神をつくり、その守護神の光明によって、さきに肉体界に誕生させた分霊たち(祖先)を霊界に引き上げ、一人ひとりの背後につけて人間を守護させると説きました。
 祈る方法としては、守護霊・守護神に対して「世界人類が平和でありますように」「日本が平和でありますように」「私達の天命が全うされますように」「守護霊様、ありがとうございます」「守護神様ありがとうございます」との五つの祈りを捧げます。この活動の一環が、「世界人類が平和でありますように」とのステッカーやポール立て運動となっています。
 個々の修行としては「動く祈り」を行ないます。これは体操するように手と腕と体の動作を連動させながら「ワ・レ・ソ・ク・カ・ミ・ナ・リ」と発声することです。これを行なうことで“宇宙根源のエネルギー”との交流がおこり、人間内部に蓄積されているマイナスエネルギーが浄化され、思考がかわり運命を変換することができるとします。また「我即神也」の印を結ぶことは、自分自身を光り輝く神であることを、魂と体に思い出させる行為だというのです。
 この他に、第二代の昌美が提唱した「我即神也」「人類即神也」との文字を円形状に書き連ねるという修行があります。これを教団では「宇宙神マンダラ」と称し、この修行によって自己が磨かれ、向上できると教えるのです。

 

◇白光真宏会への疑問
 ▼教団の祭神である宇宙神を「宇宙根源の大光明」と表現し、霊覚者である教祖・五指昌久を写真で撮影した際に写った「円光の写真」が、その「大光明」の証明であるとしています。でも、「大光明」が宇宙に遍満する神であるならば、いつ、どこで撮影したとしても円光が写るはずなのに、どうして五井を移した写真は数多くあっても、それが写っている写真が一枚しかないのでしょうか? 宇宙法界の法則・真理の絶対条件である「普遍性」とは、いつ、誰が行なっても、同じ結果が出てくることをいいます。そうした不思議な写真が、たった一枚しかないというのは、むしろ、たまたま光が入ったのか、合成写真などであると疑われても仕方がないのではありませんか?

 

 ▼教祖・五井は、すべての苦悩は「人間の過去世から現在にいたる誤てる想念が、その運命と現われて消えてゆく時に起こる姿である」との因果論を主張しています。そして各自の守護神や守護霊に感謝してさえいれば「いかなる苦悩といえど、現われれば必ず消えるもの」と信者に教えました。しかし、人生の苦悩の原因は、誤った想念に限ったものではありませんし、ただ守護霊に感謝しさえすれば、あらゆる過去の罪が消滅できるという、生やさしいものでもないのです。人生は、そんな甘くはないことは、誰でもが知っていることです。
 人生の苦悩の根源は、他人ではない。すべて自らの振る舞いや想念の結果もたらされるものであり、その罪障を消滅するための強力な力を有するものは、三世の大生命の本質を説き明かした仏道修行によらなければならないのです。

 

 ▼白光真宏会では、「世界平和の祈り」を続けていけば、個人も人類も真の救いを体得できると説きます。世界平和を心から祈ることは確かに大事なことですが、そうした平和への祈りが世界中で行なわれていても、現実社会ではいつまでたっても紛争が絶えません。ステッカーは標語程度にはなるでしょうが、それを弘めることが平和につながるという教えは、かえって人々を「真の平和実現のための仏道修行」から遠ざける悪果をもたらすのではありませんか?

 

▼第二代昌美会長は、初代五井昌久が平和の祈りのみの修行を説いていたのに対して、新しい修行方法を編み出しました。このように、会長が替わるたびに修行方法や信仰の形が変わるのは、一貫性がないと批判されても仕方がないのではありませんか?

 

▼五井昌久は、あるときは「釈尊の教え」を引用したり、あるときには「キリスト」や「宇宙神」などという言葉を巧みに使って信者を指導しました。自身が生前、拝むものは、世界救世教関係者から与えられたものであったり、自身の信者には「白光」と書いた文字を拝ませたりしています。やっていること、言っていることがチグハグで一貫性がなく、教えにも、真理が裏打ちされるような深い哲学思想さえも無く、まったくの思いつき信仰と非難されても仕方ないのではありませんか?


▼教団では、死者の霊が突然取り憑き、五井昌久の手を通じて書き出される“自動書記現象”が現われたと説明します。万一、それが本当に神の意志であり、神の代理として人々に神の言葉を伝える為だったとするならば、なぜ五井昌久はそれ以後も、自分の意志で文字を書くことができなくなるような、そんな状況に追い込まれる必要があったのでしょうか? 神は何のために、五井に、そんなことをさせ続けたというのでしょうか?
 むしろ、精神疾患のひとつとされる二重人格症状(現代では分裂症と呼ばれるようです)に五井自身、ずっと苦しめ続けていたと考えられるのではありませんか?

 

※上記文章は「諸宗破折ガイド」(大石寺発行)を基に筆者がまとめたものです。

毎月の行事

 

  ● 先祖供養 お経日  

      14:00/19:00

※日程変更あり・要確認

 

第 1    日曜日 

  ● 広布唱題会      

      9:00

 

第 2    日曜日 

    ● 御報恩 お講  

            14:00

 

お講前日の土曜日  

     ●お逮夜 お講   

            19:00

http://www.myotsuuji.info