正信会からの脱出
                           
                    三重県在住 光徳寺支部 小菅正彦さん

 

◇「いつになったら、大石寺に戻れるのだろう?」
 私は小学校4年生のときに創価学会を通して日蓮正宗に入信しました。当時、三重県内には四日市・津・松阪に日蓮正宗の寺院がありました。そして私が中学生のころ、現在の鈴鹿山光徳寺が建立されました。
 初めの5年間は、学会員としてお寺に参詣していました。やがて昭和52年路線と言われた学会問題が起こり、光徳寺をはじめ三重県内の六ヶ寺すべてが正信会寺院となってしまいました。
 あれから25年の歳月が経ちました。正信会では今でも、
 「宗門が正常に戻れば、いつか総本山大石寺に戻れる。今は正信会にしか富士の本流は流れていない」
あるいは
 「血脈相承がない猊下、云々」
などと過去の話ばかりが多く、学会が破門された後は、宗門攻撃がエスカレートしていき、
 「大石寺は謗法の山、近寄ってはならない」
と耳にタコができるくらい、アホの一つ覚えみたいに何度も聞かされました。
 正信会の行事といえば、毎月13日のお講とお会式くらい。他に年に3回ほど一般の人を集めて、「法華経を学ぶ会」というのをやっていましたが、一般の人は毎回、ほとんど参加していませんでした。当時は正信会に対して何の疑問もありませんでした。どっぷり正信会のぬるま湯に浸かっていました。

 

◇「住職が、変なことを言い出した!?」
 正信会に対しておかしいと思い始めたのは、前住職が亡くなる2~3年前からです。前住職が、おかしなことを言い始めたのです。それは
 「お寺に安置してある御本尊様を、町の表具屋さんに『これと同じものを作ってくれ』と頼んだところ、表具屋は『キャノンやエプソンのコピー機に勝るくらい、精密にできる』と話した」
というのです。さらに
 「その本尊ができあがるまで、鈴鹿警察署に御本尊が盗まれたといって、盗難届を出して、県内の他の寺院に預かってもらう」
と言っていました。私が
 「そんな恐ろしいことを、やっていいんですか?」
と聞いたら、
 「住職でも本尊模刻ができることは、化儀抄にちゃんと載っているから、何の問題もない」
と言っていました。
 これなら、学会の本尊模刻と一緒じゃないですか!。
 それと、ある信者さんが前住職に
 「最近、題目が唱えられないのです」
と指導を受けに行ったときの答えは
 「題目なんて、唱えなくていいよ」
だったそうです。
 前住職が亡くなる2~3年前から、新寺建立のための御報基金を募り、一世帯につき五千円を集めていました。今も続いていると思います。新寺院の土地も、今の光徳寺の墓地のすぐ隣の土地を仮契約しました。信者さんの多数は
 「あんな所の土地を買うって、住職は何を考えているんだ」
と言っていました。


◇悲しく切ない、前住職の死
 それから数ヶ月後の土地の本契約の日、午前中から地主さん、業者さん、役員の方たちが集まっている中、前住職の姿が見えません。奥さんに聞いても、
 「昨日の朝から、名古屋へ行ったきり、まだ帰ってこない」
という返事でした。
 その日の夕方、愛知県警昭和署からお寺に電話が入り、
 「車が昭和署管内の駐車場のフェンスを乗り越えて、その中で住職が亡くなっていた」
という連絡でした。一同ショックでした。不思議なことに、皆が反対していた土地購入の日に亡くなるなんて…。それと、せめて布団の上で亡くなって欲しかったです。
 さらに臨終の相を見たときです。ダブルショックでした。地獄に堕ちた相でした。その相を見て、私の25年は何だったんだと、空しく切なくなりました。
 でも前住職は亡くなる数ヶ月前に私に
 「『他宗、念仏、学会に戻る』といったら猛反対するけど、『宗門に戻る』と言ったら何も言わず、『行きなさい、行ったらいいんだよ』
と言ってくれました。その言葉を聞いて、正信会じゃなく日蓮正宗が正しいと口に出して言わなかったけど、心の中では宗門が正しいと思っていると感じました。
 前住職が亡くなる数ヶ月前にも、北海道と長崎の正信会の住職が亡くなりました。そこの奥さんは残った信者さんに
 「本山に帰りなさい」
と言って、お寺を後にしたそうです。そんな奥さんと正反対なのが、今の布教所にいる前住職の奥さんです。みんなが御供養した天蓋、太鼓、灯籠その他諸々と、本堂周りの植木、庭石ほか、一切合切、布教所の方へ持っていきました。残ったのは鈴鹿市の清掃車5台分のゴミの山だけでした。

 

◇「正信会はぜったいおかしい!」 脱会を決意
 正信会では御本尊様を学会と同じようにコピーしたり、たらい回しのようなことをしています。四日市布教所では初めは紙幅の御本尊様が、今では板御本尊に変わっています。松阪の新寺院には京都の正信会寺院から御本尊を移し、鈴鹿布教所では、津の正信会寺院の住職の四国の実家のお寺から、五十二代日でん上人様の御本尊を移して安置してあります。
 日に日に正信会はおかしくなっています。やっぱり戒壇の大御本尊様から離れたら、そして三大秘法のひとつでも欠けたらダメだと思いました。そして正信会を脱会すると決意しました。

 

◇入信して25年 初めて心に残る活動に感動!
 鈴鹿にもう一軒ある仏境寺様の原御尊師に話しをしに行きました。御尊師の言葉には力強さと説得力があり、非常にわかりやすく納得のいくお話しを伺い、その日に勧誡式を受けさせていただきました。ありがとうございました。
 去年の6月28日、25年間の闇から解き放たれ、晴れて新生光徳寺が誕生しました。当初は10世帯あまりでしたが、現在は41世帯(平成22年春現在)になりました。去年の8月には25年ぶりに35世帯の信徒さんとご登山させていただき、戒壇の大御本尊様にお目通りでき、感激のあまり涙があふれ出てきました。この正信会での謗法の25年間の懺悔をさせていただいて参りました。
 今年に入ってからは、2月3日のプレ大会にも信徒の皆様数十名で元気に参加することができました。大阪の大正駅に着いたとき、すごくたくさんの法華講員にびっくりしました。
 決起大会が始まり、御法主日如上人猊下様、ご隠尊日顕上人猊下様ご臨席のもと、すばらしい大会い感無量でした。日蓮正宗に入信以来、初めて心に残る大会で本当に感動しました。
 これからは、今も正信会の布教所に残っている人たちを折伏し、救っていってあげたいです。

※当体験談は、愛知県犬山市妙典寺支部報の平成22年5月号に掲載されたものです。

毎月の行事

 

  ● 先祖供養 お経日  

      14:00/19:00

※日程変更あり・要確認

 

第 1    日曜日 

  ● 広布唱題会      

      9:00

 

第 2    日曜日 

    ● 御報恩 お講  

            14:00

 

お講前日の土曜日  

     ●お逮夜 お講   

            19:00

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