日蓮宗(身延)とは、何が違うの?           

 

                 成立・教義と疑問

 

 まず第一に、私たちは「日蓮宗」ではなく「日蓮正宗(しょうしゅう)」です!。

 

◇なぜ「身延山」ではく、「富士大石寺」を総本山とするのか◇
 日蓮大聖人はご入滅に先立ち、六人の高弟を選定し、滅後の教団維持と広布進展を託されました。なかでも白蓮阿闍梨日興上人をご自身唯一の後継者と定め、身延山久遠寺の第二代別当(住職)としての確固たる地位と、本門戒壇の大御本尊を根源とする大聖人の仏法の一切を授けられたのです。ここに、日興上人を中心に、五老僧たちが協力して、弟子や信徒を育成したり、全国の折伏を推進していく大きな体制が整えられたことになります。


 ところが日蓮大聖人が入滅されると、他の5人の高弟は、いとも簡単に日蓮大聖人の遺言を破り、日興上人に背くようになりました。それは、日蓮大聖人第1周忌法要には、五人の高弟すべてが、日蓮大聖人の御墓に参詣していない事実からもよくわかります。

 さらに一年後、大聖人の3回忌が済んだころ、ひょっこりと身延の日興上人の元に登山してきた五老僧のひとり・民部日向は、そのまま身延に住み着いて、あろうことか地頭・波木井実長をそそのかし、日興上人に反逆させ、自身が久遠寺別当の地位に登る画策を謀るに至ったのです。

 

 「このままでは、日蓮大聖人の正義が乱されてしまう…」。日興上人は大変な危機を感ぜられました。そこで日蓮大聖人の「地頭不法ならんときは、我も住むまじ」「富士山に本門寺の戒壇を建立すべき」との御遺言もあり、日興上人は、日蓮大聖人の仏法が日向や波木井に汚染される前に、富士・上野の地頭であった南条時光を頼り、身延山から富士の地へと移動されたのです。その際日興上人は、末法万年の衆生救済の根源の御本尊として日蓮大聖人より託された本門戒壇の大御本尊や、日蓮大聖人の御墓から御遺骨までも取り出して、日蓮大聖人有縁のすべての宝物を富士の地へと移されたのです。一年の月日を経て、翌年10月、大石寺を開創されました。
 以後700年以上にわたり、大石寺には、日興上人が日蓮大聖人より授けられた末法唯一の大正法が、代々の歴代上人の深い信心を基とした「血脈相承」により、正しく受け継がれています。

 全世界の日蓮正宗僧俗は、大石寺に正しく伝持される日蓮大聖人の正法のもと、一致して広宣流布を推進し、世界平和・仏国土建設のため、日々折伏と育成に邁進しています。

 

◇日蓮宗の沿革・歴史
 日興上人が身延を離山された後、久遠寺別当となった民部日向は、地頭波木井実長が没した後も波木井一族の外護を受け、正和2(1313)年、弟子の日進に久遠寺を譲り、上総茂原に隠居しました。そして翌年9月、63歳で死亡しています。
 当時の久遠寺は、日興上人がすべての御宝物を富士に移されたことから、かつて「日蓮大聖人がすまわれた跡地」程度の価値しか有しない寺となりました。

 しかし寛正2(1461)年、行学日朝という僧侶が別当に就任し、建物を身延山内の西谷から現在地に移転して伽藍を整えると、日蓮各派より祖山として仰がれるようになりました。また第14代日鏡のとき、徳川家康の武運長久を祈願したことをきっかけに、徳川家の外護を受けるようになり、絶大な権力と地位を確立していくことになります。江戸中期までの身延山は、武家の庇護によって全盛を極めましたが、近年にいたるまで度々大火災を起こし、当時の伽藍のほとんどを失っています。

 また、庶民の間で大黒天・鬼子母神・七面観音等の番神信仰が盛んになると、身延は各末寺と競って雑多な番神を次々と祀るようになり、さらに布教師を各地に派遣して布教する「出開帳」などを頻繁に行なって、信者の増大と教線拡大を図っていきました。
 安永5(1776)年には、身延の七面社殿が焼失して死者を出したことから、「七面邪神説」を唱えた当時の貫主が、身延の歴代法主から除名されたうえ牢死させられるなど、身延派教団は、次第に教義的な退廃と混乱に覆われていきました。
 明治になると、日輝と名乗る学者が登場しました。

 日輝の説は、これまでの訓古的な伝統教学を否定し、神道・儒学・仏教の一致を強調した摂受(しょうじゅ)主義に徹したものでした。この日輝の説は、はじめは身延山でも異端視されましたが、日輝の弟子・新居日薩が身延の法主となり、日蓮宗宗教院を設けて院長に就任したことをきっかけに、日輝教学が身延の主流派となっていきました。
 明治8(1875)年1月、身延は失火により、またもや全山が炎上しました。この火災により、身延の本堂・祖師堂をはじめ144カ所もの堂宇を全焼するとともに、日蓮大聖人直筆の『開目抄』『報恩抄』等の重要御書も焼失してしまいました。

 

 明治期の身延教団は、思想・運営の両面にわたり、日輝門下生によって独占支配されました。その結果、教団内は権威主義の悪弊がはびこるようになり、門下生および日輝教学に対して厳しい批判が浴びせられ、教団を離脱した在家信徒により新宗教が生まれていったのです。その代表的なものが、田中智学による「国柱会」の誕生です。


◇「日蓮宗身延派」の教義・信仰に、大いに疑問を抱く理由(わけ)
▼本門と迹門の一致を説いています
 日蓮宗では、法華経の本門と迹門との一致を立てています。この説は天台大師が法華玄義に説いた「本迹異なりと雖も不思議一なり」との解釈によるものですが、これは天台の教えであり、日蓮大聖人の仏法に当てはまるものではありません。
 日蓮大聖人は、法華経の本門と迹門は、久遠実成の本仏と、始成正覚の迹仏という仏の身においても、また説かれる法の実体においても、勝劣があると示されています。その相違はまさに水火・天地と言えるのです。日蓮大聖人の教えを否定し、像法時代の聖者である天台大師の説を採るなどということは、日蓮大聖人への反逆以外の何者でもありません。

 

▼身延派では、寺ごとに本尊がバラバラ。思いつきの宗教と批判されています。
 日蓮宗では、信仰の根幹である本尊について、いまだに日蓮大聖人のご聖意が何であるか理解できず、本尊に関する御書を集めて、本尊の候補を選び、その中から多数決や学説などによって相談して決める、などというきわめて杜撰な見解を発表しているのが現実です。
 たとえば、本尊候補として、①首題本尊 ②釈迦一体仏 ③大曼荼羅 ④一尊四士 ⑤二尊四士 など複数のものが挙げられています。現在では、これらの中でも、一尊四士を日蓮宗の本尊と定めるのが適当であると結論づけているようです。
 日蓮宗身延派では、こうした本尊を制定する理由として、日蓮大聖人の御書『観心本尊抄』の「仏像出現」という語句を挙げています。しかしこの御書に出てくる「仏像出現」とは「釈尊の仏像を造る」との意味ではなく、久遠元初という本源の仏法を顕わされる本仏が出現することを、日蓮大聖人が示されている語句であると拝するのが正しい読み方なのです。つまり「本門の教主釈尊を脇士とする本仏(日蓮大聖人)が出現して建立する未曾有の大曼荼羅御本尊」を意味しているのです。

 こうした深い意味が解らず、ただ「仏像」「教主釈尊」という言葉だけを見て、

 「ああ、お釈迦様の像を安置せよと、日蓮大聖人は示されたのだな」

と曲解するのが、日蓮宗の人々の大いなる過ちと言えましょう。

 

▼身延には、日蓮大聖人の正しい仏法が伝わっていません。
 日蓮宗では、大曼荼羅御本尊を書写する場合、日蓮大聖人のことを「日蓮大菩薩」と書いたり、首題の南無妙法蓮華経の直下にある「日蓮」という御名を削除して、その代わりに自分の名前を書き上げる、といったのように、数々のまちがいを犯しています。このことからも、六老僧のなかでも日興上人だけが唯一正統な大聖人の後継者であり、それ以外の門下には、日蓮大聖人の正義が伝わっていない証といえます。
 日蓮宗には、日蓮大聖人よりの正しい相伝がないので、日蓮大聖人の御書の断片をみるなどして、勝手な教義をつくっているのです。

 

▼日蓮宗の寺には、正しい本尊がありません
 日蓮宗の寺には、現在も鬼子母神や稲荷、七面大明神、清正公など、三十番神をはじめ雑多なものを信仰の対象として祀られています。しかし、これらの勧請は、すべて、日蓮大聖人滅後に、日蓮大聖人の仏法の意味が解らない弟子たちが勝手に作り上げたニセモノの本尊です。
 日蓮大聖人は御書に
 「此等の仏・菩薩・大聖等、総じて序品列座の二界・八番の雑衆等、一人ももれず此の御本尊の中に住し給ひ、妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる。是を本尊とは申すなり」                          (新編御書1387ページ)
と示されています。
 これは諸天善神は日蓮大聖人の当体である大曼荼羅御本尊に内在し、その諸天善神は妙法の功徳によって法華守護の任を果たすということです。したがって、諸天善神とは、あくまでも御本尊に具わる法華経の行者を守護する用きであり、諸天善神そのものを祀って信仰の対象とすることは間違いです。
 このように日蓮大聖人が顕わされた大曼荼羅御本尊と諸天善神との関係を曲解し、日蓮大聖人のお心に迷った結果、身延をはじめ日蓮宗の各本山や末寺は、仏像や番神の絵像、木像を、寺々で思い思いに祀り、「厄払い」「商売繁盛」などといった宣伝文句を活用して、商売道具としているのが現実の姿です。
 身延山久遠寺の門前では、日蓮大聖人の大曼荼羅御本尊のコピーが“みやげ物”として参拝客に販売されています。こうした実態こそ日蓮大聖人が
 「諸宗は本尊にまどえり」                (新編御書554ページ)
と指弾された邪宗謗法の姿そのものなのです。謗法を強く戒められ、謗法不信の者にはけっして本尊を授与されなかった日蓮大聖人の教えに真っ向から背く宗団こそ、現今の日蓮宗身延派と言えましょう。

  まさに
 「此の経は相伝に有らざれば知り難し」(新編御書92ページ)
であり、日蓮正宗以外、日蓮大聖人の正義を正しく伝える宗団はあり得ないのです。

毎月の行事

 

  ● 先祖供養 お経日  

      14:00/19:00

※日程変更あり・要確認

 

第 1    日曜日 

  ● 広布唱題会      

      9:00

 

第 2    日曜日 

    ● 御報恩 お講  

            14:00

 

お講前日の土曜日  

     ●お逮夜 お講   

            19:00

http://www.myotsuuji.info