あなたの家の「本尊」はニセモノではありませんか?

平成3年以降に、創価学会の組織を通じてもらった本尊は、すべて「ニセ本尊」です。

以下、ニセ本尊がどうして謗法なのか、どうして恐ろしいのかについて、簡単に説明します。


Q1 なぜ、学会で授与する本尊が『ニセ本尊』なのですか。


A1 例えば、精巧なカラーコピーの機械で、紙幣をコピーして「お札(さつ)」を作製するとします。いかに本物の「お札」と見分けがつかなくても、そのコピー札は「ニセ札」であり、それを使えば法的に罰せられます。
 なぜかといえば、
 ①正式な政府の許可がなく
 ②日本銀行から発行されたものではなく
 ③自分で勝手に作ったもの
だからです。『ニセ本尊』はこれと全く同じ道理です。
 ①御法主上人の許可を受けず
 ②総本山から下付されたものではなく
 ③学会が勝手に作製したもの
だからです。


 学会では、「自分たちが和合僧団だから、その資格がある」と主張しますが、一体その資格はどなたから受けたのでしょうか。御歴代上人の中で、創価学会に相承された方などおられません。もし「広布を願う一念があれば資格が備わる」などというのならば、誰でもいつでも勝手に本尊を作ることができることになり、大聖人の仏法は混乱し、滅亡してしまうでしょう。
 ニセ札は法律で罰せられますが、『ニセ本尊』は仏法破壊の大罪として、必ず仏罰をこうむるのです。


Q2 総本山第二十六世日寛上人の御本尊を『ニセ本尊』と呼ぶのは、日寛上人に対する冒涜(ぼうとく)ではありませんか。


A2 日蓮正宗では、浄円寺所蔵の本証坊個人に下付された日寛上人ご書写の真正の御本尊を『ニセ本尊』といっているのではありません。
 御法主上人の許可なく、勝手に作製したものを、私たちは『ニセ本尊』と呼んでいるのです。
 そのうえ、創価学会は日寛上人の御本尊にしたためられていた「授与書き」(この御本尊を、誰に与えると、日寛上人ご自身が書かれた部分)を勝手に削り、会員に販売しているのですから、学会が日寛上人のお心に背き、日寛上人のお徳を汚(けが)す大罪を犯しているのは明白です。
 この創価学会の所行こそ、日寛上人に対する冒涜(ぼうとく)といえるのです。


Q3 日寛上人の御本尊を複写したものを、なぜ日蓮正宗では「日寛上人の本尊ではない」「日寛上人のお心に背く大謗法」というのですか。


A3 日蓮正宗でいう「日寛上人の御本尊」とは、「日蓮がたましひを墨にそめながしてかきて候ぞ」(御書685)と仰せの、大聖人の「たましい」が、血脈相承のうえから正しく写されている御本尊のことです。
 しかし、創価学会が勝手に複写して作ったものは、姿形は日寛上人の御本尊とそっくりであっても、血脈付法の御法主上人の許可がないので、大聖人の「たましい」が写されておらず、「日寛上人の御本尊」とはいえないシロモノです。
 たとえば、自分で勝手に御本尊を写真に撮って、それを拝むのと全く同じことであり、大謗法なのです。
 また、創価学会では、日寛上人の御真筆御本尊にしたためられていた「大行阿闍梨本証坊日証」という授与書きを勝手に抹消し、変造しており、これが「日寛上人のお心に背く大謗法」になるのは当然です。


Q4 創価学会では、当初、「日蓮正宗が一方的に御本尊を下付してくれなくなったので、やむをえず複写して授与することになった」と言っていましたが、本当ですか。


A4 この質問にお答えするには、まず、「なぜ日蓮正宗が、創価学会員に御本尊を下付しなくなったのか」、その理由を知ることが大切でしょう。
 日蓮正宗は、日蓮大聖人、日興上人以来の化儀・化法を守り、正しく信仰する人々に対しては、いかなる人であっても御本尊を下付してきました。これは創価学会に対しても同様です。
 ところが平成2年末以降、創価学会は、池田大作名誉会長以下、組織ぐるみで日蓮正宗信徒としての純粋な道から外れ、日蓮正宗からの度重なる教導に対しても、それを受け入れないのみならず、仏・法・僧の三宝を破壊するような仏法破壊の団体と変わってしまったのです。

みなさんも、聖教新聞や創価新報などのメディアや会合での幹部の発言を通して、日蓮正宗に対する一方的な批判や中傷を、目の当たりにしてきたはずです。
 このような姿を見れば、言い方を変えれば、創価学会は、日蓮正宗の信徒団体としての資格をみずから放棄したといえます。

ですから創価学会は、信徒団体として破門されました。よって、創価学会の会員に対する御本尊下付もされなくなったのです。
 一時は、広宣流布を目指すように見えた創価学会でしたが、今日では、日蓮大聖人の仏法に背く団体となってしまったのですから、そうした団体に所属する人に、日蓮正宗が御本尊を下付しないのは当然の処置と言えるのです。


Q5 「拝む我々の側に信心があれば、御本尊は、なんでも良い」という創価学会の説明は正しいのですか?


A5 これは本末転倒の考えであり、増上慢の思想といえます。
 「仏力」「法力」「信力」「行力」を四力といいます。この四力の関係について日寛上人は『観心本尊抄文段』に
 「当に知るべし、蓮華は水に依って生じ、我らが信力・行力は必ず法力に依って生ずるなり。若し水無くんば則ち蓮華生ぜず。若し法力無くんば、何ぞ信行を生ぜん(中略)我ら、法力に依って信力・行力を生ずと雖も、若し仏力を得ざれば信行退転、更に疑うべからず」(御書文段228)
と仰せです。
 もともと、日蓮大聖人の御当体である御本尊には、仏力(日蓮大聖人が衆生を救済される仏としての力)と法力(南無妙法蓮華経の法の力)が具わっており、この御本尊に対して信じ(信力)、唱題を実践する(行力)ときに、四つの力が合して成仏が叶うとされるのです。「仏力」も「法力」もそなわらないコピーの『ニセ本尊』に向かって、我々のような煩悩が多い凡夫が、いかに懸命に信じて実行しようとも、そのような力によって、真実の境智冥合などありえません。
 我々の信力・行力があって、はじめて御本尊の方に「仏力」と「法力」が具わるなどという考えは、因果を無視した外道思想そのものであり、また、「自分こそ、日蓮大聖人よりも勝れている」などと考える、今の創価学会幹部の増上慢の姿を如実に顕わしているものと言えます。


Q6 創価学会の『ニセ本尊』を拝むとどうなるのですか?


A6 『ニセ本尊』には、仏法に敵対する魔の力があり、これを拝むと魔の通力によって現罰を受け、その謗法の罪によって永く地獄の境界に堕落する結果となります。
 日蓮大聖人の仏法において「似て非なるもの」を用いることは大謗法です。
 その理由は、とても似ているニセモノが氾濫すると、正しいモノが隠され、多くの人が真実を見失ってしまうからです。創価学会が作製・販売している『ニセ本尊』は、日蓮正宗の正しい信仰観をまねて、日寛上人の御本尊に姿形を似せているだけに、多くの人が、どれが真正の御本尊か、どれがニセ本尊か、わかりづらくなっており、その罪は、計り知れないほど大きいといえるのです。
 創価学会の第二代会長であった戸田城聖氏は、御本尊について
 「ただ、大御本尊だけは、われわれは作るわけにはゆかない。日蓮大聖人様のお悟り、唯授一人、代々の法主猊下以外にはどうしようもない。だから、仏立宗や身延のヤツラが書いた本尊なんていうものはね、ぜんぜん力がない。ニセですから、力がぜんぜんない。むしろ魔性が入っている。魔性の力が入っている、だからコワイ」(大白蓮華98‐9)と指導しています。

おわりに…
 創価学会員であるあなたは今、
 「我が家は、御本尊を取り替えていない。昔のままの正しい御本尊を拝んでいるから大丈夫だ」
と思った方もいるのではありませんか。しかし、それは大きな間違いです。

 

 現在、多くの創価学会会館や離脱寺院に掛けられている本尊は、ニセ本尊を超拡大コピーしたモノであり、知らない間に手を合わせる機会もあるでしょう。また、近所の学会員さんの「友人葬」に参列し、一緒に読経するとき、やはりそこに掛けられているのは『ニセ本尊』なのです。つまり、あなたが創価学会に所属している限り、大なり小なり、魔性が込められた謗法の「ニセ本尊」に縁を持つことになります。


 では、この魔性のニセ本尊との悪縁を絶ちきるには、どのようにすればよいでしょうか。それは、創価学会を脱会することです。
 その前提として、まず、あなたに必要なことは、一日も早く、自宅の本尊を仏壇からはずして、最寄りの日蓮正宗寺院に持参する勇気と行動力を持つことです。日蓮正宗の僧侶であれば、ひと目見ただけで、「ニセ本尊」か「そうでない真正の御本尊」かを鑑定(かんてい)することができます。
 そのうえで、あなたは、創価学会を脱会して日蓮正宗に再入信し、正しい信心により、正しく成仏していく、正しい日蓮大聖人の信心をしていきましょう。学会を脱会する方法や、細かい手続き方法については、日蓮正宗の僧侶が詳しく丁寧に説明してくれます。

※    以上のQ&Aは、「改訂版 創価学会『ニセ本尊』破折 100問100答」(日蓮正宗法義研鑽委員会編)に収録されている文章に、筆者が一部、手を加えたものです。

毎月の行事

 

  ● 先祖供養 お経日  

      14:00/19:00

※日程変更あり・要確認

 

第 1    日曜日 

  ● 広布唱題会      

      9:00

 

第 2    日曜日 

    ● 御報恩 お講  

            14:00

 

お講前日の土曜日  

     ●お逮夜 お講   

            19:00

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