「南無妙法蓮華経」と唱える宗教は、どれも同じですか?

-正しい御本尊に唱えてこそ幸せになれる-

◆はじめに
 世間には「南無妙法蓮華経」との題目を唱える宗教はたくさんあります。人々が唱えるのは、自分や家族が幸せになるため、あるいは先祖供養のためなどさまざまでしょう。
 しかし、南無妙法蓮華経とさえ唱えれば、その宗教でも同じ利益・功徳があるのでしょうか。


日蓮大聖人が説かれた信仰の対象は大曼荼羅御本尊
 「南無妙法蓮華経」のお題目は、今から七百五十年前、日蓮大聖人によって唱え出されました。
 そして、法華経に予証(よしょう)された末法の仏というお立場から、信仰の対象として大曼荼羅(まんだら)御本尊を書き顕(あらわ)され、この御本尊を 拝してお題目を唱えれば、災(わざわ)いも転じて幸いとなり、現世(げんぜ)安穏(あんのん)・後生(ごしょう)善処(ぜんしょ)の利益を得ることができ ると説かれました。

  「日蓮がたましひ(魂)をすみ(墨)にそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ…御信心を出だし此の御本尊に祈念(きねん)せしめ給へ。何事か成就(じょうじゅ)せざるべき」

                         (経王殿御返事・御書685)
       

本門戒壇の大御本尊こそ功徳の根源
 大聖人は、多くの大曼荼羅御本尊を書き顕されましたが、なかでも弘安2(1219)年10月12日、出世の本懐(ほんがい)として「本門(ほんもん)戒壇(かいだん)の大御本尊」を御図顕(ずけん)されました。
 すなわち、本門戒壇の大御本尊こそ、仏法の一切の功徳が込められた仏法究極(きゅうきょく)の当体(とうたい)なのです。
 したがって、この大御本尊を離れて、他の曼荼羅や釈尊像、位牌(いはい)等にお題目を唱えても、それは大聖人の正意(しょうい)ではないので、何の功徳もなく、成仏もかないません。


日蓮正宗に帰依して幸せに
 大聖人は、本門戒壇の大御本尊と仏法の一切を、第二祖日興上人に譲られ、以来、大御本尊は唯授一人の歴代御法主上人によって、日蓮正宗総本山大石寺に正しく伝持されています。
 私達が幸せになるため、また先祖の方々を成仏に導くためには、正しい信仰が必要です。
 どうか、一刻も早く日蓮正宗の大御本尊に帰依し、正しいお題目を唱えて、真の幸せへの一を歩んでまいりましょう。

※日蓮宗(身延派)では、大聖人の御本尊を印刷したものを本尊としたり、創価学会では、総本山第26世日寛上人の御本尊を印刷コピーして「正当な御本尊」と称し販売しています。
 しかしこれらは皆、大御本尊から離れたものであり、それらに題目を唱えることは、利益がないばかりか、むしろ不幸になる原因を作ることになるのです。


                                                         (日蓮正宗布教リーフレットより)

毎月の行事

 

  ● 先祖供養 お経日  

      14:00/19:00

※日程変更あり・要確認

 

第 1    日曜日 

  ● 広布唱題会      

      9:00

 

第 2    日曜日 

    ● 御報恩 お講  

            14:00

 

お講前日の土曜日  

     ●お逮夜 お講   

            19:00

http://www.myotsuuji.info