創価学会「日寛上人御本尊」を拝むとどうなりますか?④

 

                    滋賀県彦根市・本地寺支部 谷口 誠さん

 

 私は昭和56年、3歳のとき母とともに創価学会を通じて日蓮正宗に入信しました。幼い頃から勤行を行ない、大石寺に行ったことも記憶しています。
 その後、平成3年になって創価学会はお寺から離れてしまったのですが、母と私は創価学会に所属したままでした。
 10代になってからは勤行もしなくなり、学会活動からも離れて遊び優先になっていた20歳の時、私は交通事故を起こしてしまいました。センターラインを越えて対向車と正面衝突してしまったのです。
 車外に投げ出された私は脳挫傷で意識不明、左大腿骨骨折という重症でした。それでも一命を取り留め、三ヶ月で退院、リハビリ期間を経て数年後に社会復帰しました。しかし、社会復帰はしたものの、脳挫傷の影響か、物忘れがひどいうえに感情の起伏が激しく、仕事面で悩みました。そして、そのことがきっかけで26歳のとき、本腰を入れて学会活動をするようになったのです。
 その年、創価班に入ることになり、「創価班としてこれから闘っていくための訓練期間だ」と言われ、様々なことを教え込まれました。
 ところが、これで悩みの解決に向かうどころか、かえって様々な悩み・苦しみが起こってきました。
 まず仕事でトラックを運転中に急性の腹膜炎を起こしてしまったのですが、仕事を放り出すわけにはいかず、なんとか痛みをこらえて仕事を終え、夜、病院に駆け込んだところ緊急手術。もう少し遅ければ大腸も切除しなければならないところでした。
 そして、その入院中には交際していた彼女とケンカ別れし、退院後は骨折、職場での人間関係のトラブルと続き、あげくは会社から不当に解雇されたり、その他にも長くなるので伝えきれないくらい、次から次へと問題が起こってきたのです。
 その翌年からは、創価班として第一線で活動するようになり、以後10年間、ずっと創価学会を信じてきましたが、状況は悪くなっていく一方でした。
 そのたびに学会幹部ら周りの学会員から言われたことは「宿命転換の時よ!」「使命があるのよ」「人間革命よ」「宿業が出たのよ。過去世で悪業を積んできたんだね」等々というものでした。
 初めのうちは何もわからないまま、それらの言葉を信じていましたが、周りの学会員を見れば、私と同じように苦悩の連続の人がたくさんおり、「学会は、過去世で悪業を積んだ人ばかりの集まりか!」と、途中から違和感を感じるようになりました。
 しかし現実問題として、乗り越えていかなければならない問題が目の前にある以上、「“人間革命”していくんだ」と自分に言い聞かせていました。
 
「業が深い」で済ませる学会
 そして今から5年前、会社の近くで一人暮らしをはじめることとなり、今住んでいる地域に引っ越してきました。ここでの創価学会の役職は男子部副部長です。最初のうちは会合参加、創価班着任、受け持つ地域のメンバーへの家庭訪問等を、部長と共にしていましたが、その際、まず感じたのが、問題を抱えたメンバーがあまりに多いことでした。部長は「業が深いんですよ~」と言っていましたが、自分自身の今までの経験もふまえて考えてみれば、そんな言葉で納得できる状況ではありません。
 「何かがおかしい!」と思った私は、創価学会の活動から距離を置くようになりました。そして、考える時間ができたことから、書物やインターネットをひたすら見ました。
 当時の私は、仕事面でもトラブル続きで、精神的に苦しい毎日の中、自分で命を絶つという選択しが頭をよぎったこともありました。いま、当時を振り返ってみると、鬱病っぽくなっていたのかな、と思います。
 そうした苦しみの中、「何かが自分を邪魔している」と感じて、私が取った行動は、思い切って創価学会の本尊(ニセ本尊)を巻くことでした。同時に、私の心の中に出てきたのが、うろ覚えながらも過去に大石寺に行かせていただいた時の記憶、戒壇の大御本尊様のことでした。
 しかし、創価学会の本尊(ニセ本尊)を巻いてから、なにかしらホッとした気持ちと同時に、「これでいいのか」という恐怖心もありました。そして、それから数ヶ月経った頃、罪悪感から再び創価学会の本尊を出してしまったのです。これが間違いでした。
 またもや、仕事上でトラブルが起きるわ、人間関係で問題が起きるわ、さらに右耳が異常に腫れ上がり、このまま聴こえなくなってしまうのではないかと、本当に恐怖でした。「この本尊は、やっぱり変だ」と思った私は、再び学会の本尊を巻きました。

 

大御本尊様のもとに行きたい
 それから数ヶ月の月日が経過し、腫れ上がった右耳も少しづつ元通りになってきました。しかし、とてつもない不安と恐怖心が常にあり、「大御本尊様のもとへ行きたい」という思いが日増しに大きくなっていきました。そして「日蓮正宗の御本尊にお題目を唱えたら、必ず答えは出る!」と信じてインターネットで見た法華講の方に電話をしました。その方から近くの日蓮正宗寺院の場所を教えていただき、昨年五月、一人でお寺へ駆け込んだのです。
 そしてご住職とお話させていただき、勧誡を受けたのですが、その勤行の途中から涙があふれてきて、声を出して泣きながらの勤行となりました。お寺からの帰りの車中でも御題目を唱えていたところ、またまた涙が止まりません。このことをもってしても、自分の取った行動は正しかったんだと、確信できました。
 早く大御本尊様のもとへ参詣したいとの思いが強くなる中、さっそく翌月には御登山させていただくことができました。
 すがすがしい気持ちで下山し、その感激を母親に伝えたくて、話しましたが、案の定、母は猛反対してきました。
 その後、母も引っ越し、それまでの地域の学会組織とのしがらみから解放されたせいもあってか、少しづつ話を聞くようになってきました。母はまだ日蓮正宗への再入信には至っていませんが、新しい地域では学会活動をしていないようで「学会の活動と連絡がないことが幸せだ」と言っています。母が日蓮正宗に戻るまで根気強く折伏してまいります。
 思えば、昨年5月に日蓮正宗に戻るまでは、創価学会を人生の指針として信じ、それゆえに様々な苦悩を味わってきましたが、それでも最終的に創価学会が嘘と偽りの団体であると見抜けたこと、こうして導かれるように日蓮正宗に戻ってこれたことに、心より感謝し、幸せを感じています。
 まだまだ乗り越えなければならない問題はたくさんありますが、不思議にも「もう大丈夫だ」という、創価学会の時には無かった安心感があります。
 御書に「汝須(すべから)く一身の安堵を思はば、先ず四表の静謐(せいひつ)を祈るべきものか」(御書249)とありますように、自分自身の安泰を求めるならば、縁のある人々への折伏成就を祈り、行動し、あとはすべて御本尊様にお任せすることだと思います。まず母親、身内、そして創価学会時代の友人と、一人でも多くの人を必ず救ってまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。                 以上

 

      信ずるものが変わると 価値観が変わる

 

      価値観が変わると 人生が変わる

 

      さあ!あなたも、大御本尊に連なる正しい題目を

      唱えてみませんか?

 

    お問い合わせ 052-481-6993

           毎日 午後3時~5時(2時間のみ)お受け付けいたします

           ※番号非表示(公衆電話を含む)のお電話はお受けできません

 

 ※上記体験は、『慧妙』紙(平成30年6月16日号)に掲載されたものに、筆者が一部、表記変更を施したものです。

 

毎月の行事

 

  ● 先祖供養 お経日  

      14:00/19:00

※日程変更あり・要確認

 

第 1    日曜日 

  ● 広布唱題会      

      9:00

 

第 2    日曜日 

    ● 御報恩 お講  

            14:00

 

お講前日の土曜日  

     ●お逮夜 お講   

            19:00

http://www.myotsuuji.info